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(掲載日:2006年7月19日)
 小さい頃に「自分は理科系」などとはあまり意識していませんでした。でも小学5年生の時、湯川(秀樹)先生がノーベル賞を受賞されたのはとても印象的で、心がときめきました。
じつは父親が化学会社に勤めていた関係で、若い頃に「靖国丸」という船で1カ月かけてヨーロッパへ化学技術の研修に行ったのです。その時、受賞10年前の湯川先生と船でご一緒する機会に恵まれました。1力月もの船旅となると、乗客が退屈しないよう、毎日のようにパブリックレクチャー、社交ダンスなどが行われ、そこでずいぶん先生と懇意にしていただいたということでした。
だから、両親が「あのノーベル賞の湯川先生をよく知っている!」と、毎日、毎日、食事の時に言うわけです。ですから私は、自分自身ではお目にかかったこともないのに、自分もそばに置いていただいているような誇らしい気になって、湯川先生に憧れ、湯川先生のいらっしゃる京都大学に想いを寄せるようになったのでした。
実家は、父が化学技術者でしたので、高分子の粉やファイバーなどのサンプル、化学の本などがゴロゴロ転がっているそんな家でした。そして、中学校に入学する前の春休み、「ナイロンの事件」が起こるのです。
父親が、なぜかたまたま東洋レーヨン(現・東レ)のナイロンの製品発表会に私を連れていってくれました。みんな大人ばかりのその会場 で、子どもは私一人でした。そこで社長が「ナイロンは、『石炭』と『水』と『空気』から生まれる」と話し、現物の漁網のサンプルを示してみせたのです。「化学というのは、すごい!」と、とても感動したのを覚えています。今考えると、その時に、将来は化学者になって、そういうものを自分でつくりたいと思うようになったのだと思います。
子どもの頃の印象は強烈ですね。
人というものは、あんまり突拍もないことは、考えられないものです。夢(目標)は、射程距離にあるということ。明るい将来に向かって、遠大な夢を持ちましょう!
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「科学者になる方法−第一線の研究者が語る」(東京書籍)から転載 |
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野依 良治 氏の研究について: |
分子には右手と左手の構造の違いがあり、それが非常に重要な役割を演じている。ルテニウムという金属を使った触媒を開発、左右の分子を完全に作り分ける方法を創出し、この「触媒による不斉合成」の研究成果に対し、2001年、米国の2人とともにノーベル化学賞を受賞した。 |
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研究者紹介 |
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