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「優生思想の再帰も-放射能汚染を被災者はどう受け止めたか」
東日本国際大学福祉環境学部 准教授 本多 創史
(掲載日:2012年1月30日)
2011年3月12日の東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)における水素爆発とその後の一連の事故により、福島県内を中心に大量の放射性物質が飛散した。この飛散・被ばくという事態は、福島で暮らす人々によって、どのように受け止められてきたのであろうか。
筆者の勤務先は福島第一原発から約42キロの距離のいわき市平にある。それ故筆者が発信・受信したメールには、放射能汚染という事態を巡る、いわきの人々のその時々の態度が克明に残されている。そこで以下では、メール文書に加え、聞き取り調査で得られた内容、毎週曜日と時間を決めて通った食事処での人々の会話なども併せて、いわきの人々の「精神」の動態を―もとよりラフ・スケッチではあるけれども―記述してみたい。むろんメールは公的文書ではなくあいまいであり、偏見も含まれているが、複数の人から類似した発言があったものを中心に取り上げることで、人々の態度の基本線を抽出することはできるのではないかと思う。
事故直後、さまざまな情報が流れ、錯綜(さくそう)する中で、人々は、不気味さを感じながらも事態を見守る以外になかった。3月15日午前、後の公表によればいわき市平地区は最高値の1時間当たり23.72マイクロシーベルトを記録しており、屋内退避も20‐30キロ圏にまで拡大している。退避指示の対象区域がごく間近であることを意識しつつも、学生は、筆者に「別に普通っす」とか「国試、ダブル合格しました!」などというように、日常生活の継続を強調するメールを送っている。
3月19日、40歳未満の市民に安定ヨウ素剤を配布する音声放送が流れたが、学生の中には「たしかにさっき聞き取れなかったんですが、放送?されてました〜」「ヨウ素を飲むんですか??」などとのんきに構えている者もおり、また受け取った学生であっても扱い方がわからず困惑した、と後に述べている。しかし、その後、自主的に避難する人が続出し、またいわき市民に対する宿泊拒否なども頻発すると、放射能汚染という事態が「忌避されるわれわれ」という意味を帯びたものとして理解されるようになってゆく。ある学生は「いわき市民を煙たがらないでほしいです」と繰り返し訴えた。
4月下旬から5月にかけて、被ばくによる健康への不安を覆い隠すため、あるいは忌避対象たることを覆そうとして、福島は安全であると強弁するようになる。それは政府の直ちに健康に被害はないというあいまいな態度と響きあうものであった。このころ、筆者は、県内在住の研究者から「福島の放射線は安全だそうですよ。信頼できる物理学者も言っていました」と念を押されている。安全言説が支配していることについて筆者は「放射線への恐怖が人々の判断能力を一時的に宙ずり状態におき、同じ発言同じ内容が思想信条を問わずなされているように見える。ごく少数の例外もあろうが表には見えない」と知人に書き送っている。
安全言説は強弁に過ぎず到底組することはできなかったものの、その心情については理解できないわけではなかった。例えば、6月上旬、関東地方在住の知人から福島を応援したいという申し出があったため、いわき市の海岸沿いのがれき撤去活動をお願いしたところ、放射線量が関東よりも高いという理由で断られたことがあった。その際、筆者は、今いわきで暮らしている人間に対して無礼であると憤慨し、さらに「数日間滞在する程度ならば大丈夫、安全だ」と思わず口走っていたのである。
ところで、その一方、6月から7月にかけて浜通りよりも中通りの方が線量が高いこと、関東地方にも線量の高い地域が複数あること、それらの地域では健康確保のための諸行動が開始されていることなどが徐々に判明してゆく。そうした情報に触れる中で、いわきでも子どもの健康確保と除染のための活動が開始される。つまり、強弁としての安全論は影を潜め、的確に恐れる態度が目立つようになったわけである。8月上旬、筆者は友人に「福島では放射線による被ばくを恐れるようになりました。子供を外では遊ばせたくないという親が多いです」と報告するに至っている。被ばく量を減らすことが常識化してゆく中で、10月20日、福島県議会は請願「福島県内すべての原発の廃炉を求めることについて」を採択している。
なお一点付け加えれば、筆者は11月上旬、定点観測していた食事処で、次のような会話を耳にしている。60代くらいの女性「木造だと高いから、○○はマンションに移ったんだっけ。低いんだってなあ」、店主「うん、うん」。これは、知人の孫が、被ばく量を減らすために木造から鉄筋コンクリートの住居に引っ越したことを述べているのであるが、そうした会話がごく自然になされるようになっており、健康確保の行動が当然のことと見なされるようになっていることが分かる。聞き手がうなずいている点にも注目しておきたいと思う(類似の事例に事欠かないが、字数の都合もあり省略する)。
このように、放射能汚染という事態を巡って人々は、戸惑い、不安、忌避されることへの憤り、それを覆すための安全論の強調、そして的確に恐れる態度へというように、振幅を経験しながら今日に至っている。
最後に、放射能汚染という言葉が人々に与えた衝撃を物語る事例を紹介する。福島第一原発の事故はチェルノブイリ原発の事故と同様、レベル7に該当する。むろん、放出された放射線量と質は異なるから単純にフクシマをチェルノブイリに重ね合わせることはできないと思われるし、そもそもチェルノブイリ事故による健康被害状況についてはいまだ定説がない。ただ、記録映画チェルノブイリ・ハート(奇形児や障害児が映し出され、先天性の障害児が増えているという語りがなされている)が各地で上映され、インターネットなどを通じてさまざまな情報が入手できる現在、これらの情報に接した福島の人々が、そこに自分たちとその子どもたちの姿を見いだしてしまうことは避けられないことだとは言えないだろうか。そうして、実際、優生思想の再帰とでも言うべき現象が出現しているのである。
つまり、不便で大変であろうから障害のある子どもは生まれない方がよい、生みたくないという考えに基づき、障害児・奇形児が生まれるかもしれないとの思い込みから、人工妊娠中絶が―出生前診断を待つことすらないまま―実行されたのである(倫理的には許容されない中絶と言うべきであろう。下記の拙稿2012年を参照)。ある民間団体によれば、茨城県日立市も含め福島県内各地から中絶の報告があり、少なくとも18人が中絶したことが判明している。夫や義理の父母に強要された人も多い。放射能汚染という事態・言葉は、人々に、優生思想に基づく中絶を強いたのである。
ごく端的に言って、こうした事態を防止するには、汚染されていない地域へ負担なく移動できるよう道筋をつけておくべきであった。移動するか否か、その期間も含めて、自己決定できる環境を整えておく必要があった。そして、もちろん、障害があっても生き生きと暮らしてゆける社会を作っておく必要があったのである。
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本多 創史(ほんだ そうし) 氏のプロフィール:
東京都青梅市生まれ。埼玉県立川口北高校卒。2006年一橋大学大学院言語社会研究科修了。博士(学術)。2009年から現職。専門は社会思想史(近代日本)。共著として『<身体>は何を語るのか』(新世社、2003年)、『東京/東北論―共同体を再考する』(明石書店、2012年4月予定)など。ここ数年、近代日本における衛生学の展開過程、特に<社会衛生学・民族衛生学・公衆衛生学>とそこに接合する優生学を研究対象にしており、2012年1月22日の日本学術会議・社会学系コンソーシアムシンポジウム「
日本そして世界へのメッセージ
」
で、福島第一原発事故後に「優生思想の再帰」とみられる現象が被災地で起きた事実を報告。
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