【2007年9月27日 生命研究プロジェクトに求められているのは? 】
理化学研究所にゲノム科学総合研究センター(GSC)が設けられて10年を記念する講演会が26日開かれ、同センターの生みの親ともいうべき初代センター長の和田昭允氏(ゲノム科学総合研究センター特別顧問)が講演した。
この中で氏は「国家規模の研究所は、高い理想と理念に裏付けられたものでなければならない」ことを強調し、「科学史が示すサイエンスの本来的な構造をふまえ、その将来を見据えたプロジェクト、とくに、生命理解に必須な膨大な情報の定量的かつ悉皆的抽出を行う」ことの重要性を指摘している。
日本の生命科学プロジェクトについては、「必要性や実現可能性の検討なしにいきなり大型プロジェクトを始め、評価が的確に生かされず次に進んでいく」という批判が当の生命科学者からも出ている(中村桂子氏:5月17日朝日新聞朝刊)。中村氏の論評は反響が大きく、インターネット上で、議論が飛び交った。和田氏からもすぐに、「中村さんとは意見を異にする」という反論が、当サイエンスポータルに寄せられたため、5月17日のレビュー欄に【タンパク3000プロジェクトの基盤】として掲載させていただいている。
27日の理化学研究所主催の講演会「GSCの10年とゲノム科学の“新たなる挑戦”」で行われた和田昭允氏の講演「GSC10周年を迎えるにあたって―将来に向けての批判を歓迎する」は、ゲノム研究が始まる前から説き起こし、生命科学研究のありようについて大局的見地に立って述べられたものだった。一方、講演会当日、参加者に配られた資料「GSCの10周年記念誌」の冒頭に掲載されている和田氏自身の執筆による講演要旨は、中村桂子氏の論評に対し、あらためて反論したものとも読める。
和田氏の了解を得て、ここにその講演要旨全文を転載する。
なお、中村桂子氏もこの問題では、インターネット上の議論にこたえ、「要は、“プロジェクト”は目的が明確であり(必要性)、しかも科学としての必然性があるものでなければいけないと思うということが言いたかったのです」とあらためて発言の狙いを明らかにしている。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50341602.htmlを)
ゲノム科学総合研究センター10周年記念講演会「GSCの10年とゲノム科学の“新たなる挑戦”」から、和田昭允氏の講演要旨
「GSC10周年を迎えるにあたって --将来に向けての批判を歓迎する」
理化学研究所ゲノム科学総合研究センター(GSC) 特別顧問 和田昭允
これまで私は日本の国際的地位を高めるために、いささかの努力をしてきた。そのひとつである“GSCの挑戦”構想がスタート(1995.10)してから12年、研究所発足(1998.10)から10年が経った。この節目の時点で、計画委員会の長として構想を纏め初代所長として経営にあたっての、基本的考えを述べさせて頂きたい。将来我が国が、同じようにユニークな計画を進めるときのご参考になればと願う次第である。
私は、半世紀を「批判なきところに進歩なし」の世界で過ごして来た。ライフサイエンスの発展にとってその部分的巨大化が不可避である今日、諸賢から“科学先進国日本”の将来に向けての建設的なご意見・ご批判をいただければ幸いである。
すでに多くのところで書き、また話もしてきたように、要点は以下の通り:
- 国家規模の研究所は、高い理想と理念に裏付けられたものでなければならない。
- 研究と経営の独創性において、先進諸国を先導する --日本にはその実力がある。
- 生命の真の理解に向けて、“Omic Space”の情報・構造・機能の全正面から研究する。生物学の究極目標は“生命生存の智恵と戦略”の解明であって、単なる描写ではない。
- 科学史が示すサイエンスの本来的な構造をふまえ、その将来を見据えたプロジェクト、とくに、生命理解に必須な膨大な情報の定量的かつ悉皆的抽出を行う。そのために、物理学、化学、数学、工学、情報科学のあらゆるツールを総動員する。
- 研究の上流から下流までの意思の疎通、整合性、調和をもって研究の高度化を図る。
- 世界の中でも優れた公開性と透明性を確保する。
- 次世代を担う研究者に、新しいライフサイエンスを体験・熟知して貰う。“data driven biology”を経験を通じて、彼・彼女らが学問の新しい局面を発展させて行くだろう。
- 日本がイニシアティブをとる国際共同研究を積極的に推進する。
- 産業界と連携しての応用開発研究が不可欠であり、「GSCモデル」を開発する。また、我が国独自の「知財」の確保と「デファクト・スタンダード」の発信を行う。
要するに、GSCの全メンバーは“新しいライフサイエンスの幕が開いた”との自覚を持ち、科学と技術の相補関係を活かし、社会感覚・国際感覚豊に研究を推進したのである。
「情報抽出は悉皆的でなく対象を絞れ」という意見がある。それは生命の深遠・偉大さを本当に理解していない証拠だ。基礎科学の独創的成果は研究者個人が出す。その個人に提供するデーターを、未知の対象の中であらかじめ制限するのが有害であることは論理的に自明だ。「挑戦的研究」イコール「未踏の沃野の探究」と考えればすぐ判ることである。
ここで科学技術立国には、GSCの総合的基礎研究のデーター出力を受け、産業に展開させる意欲的な日本企業の存在が必要であることを、付言しておく。
一般的に国家プロジェクトの評価・批判には、たとえば「我が国にGSCが無かったとしたらどうなったか」、「10年間にGSCの建設と活動を賄った総額1,260億円の研究費が、我が国のこれこれの研究に投入されればどうなったか」あるいは直裁に「自分だったらこうした」を明確に言われることが進歩を促す --定性的かつ代案との比較無しの議論は単なる“足の引っ張り”で、後ろ向きだ。
先進国日本の輝かしい未来を築くためには、伝聞に基づく部分的あるいは情緒的な意見ではなく、全サイエンスを俯瞰し国際性豊かな建設的意見こそ意味がある。
以上のような広い視野と高い視点に立って見ると、GSCという日本独自の頭脳集団が残した一連の成果
(*)は、遺伝情報の高速自動解析に始まる、日本が世界に誇るべき科学史の一章である。歴史は将来、すでにある国際的評価よりさらに高い採点を、この米国の真似でない国家的チャレンジに与えるだろうことを私は信じて疑わない。
* : “GSCの10年”に対する国際的評価(正負とも)を見るひとつの方法として、Natureに現れた161の関係記事(ニュース、評論、オリジナル論文)がある。googleで 「Journal Home: Nature」を出し、「all of nature.com」で、「Genomic Sciences Center」を検索する。なお Science(s) および Centorでも当たる必要がある。